教育委員会の日々

日本人学校を目指していたはずがひょんなことから教育委員会へ

指導案を書くまで②・・・子どもー目標ー手立て

ある授業あるいは題材を子どもに教える際に大事になるのは私は目標(ねらい)だと思っている。

 

この授業や題材を通して子どもにこうなってもらいたい

こうゆう能力を身に付けてもらいたい

 

これがなければなんとなく授業を終えてしまう

もちろんしっかりした授業なら子どもも伸びていくが

授業者がしっかりした目標(ねらい)をもっていればさらに子どもは伸びるはず

 

なのでやはり目標は一番大切だと思う

そして次に大切なのは目標に対して今の子どもの姿はどうか

十分達成されているか

まだであればどこが足りないか、どうすればよいのか

この分析が必要になる

 

さらに目標と子供の姿(実態)を踏まえてどんなふうにすれば目標を達成できるか

これが手立てとなる

 

これが逆になると悲惨

①こんな授業がしたい(こんな手立てで授業をしよう!)

②この手立てを行う子どもの実態はこんな感じ

③じゃあこのくらいの目標(ねらい)かなあ

 

本末転倒の典型例である

本来指導案ははじめから順番に書くのかもしれないが

これらの事から私の場合は

①目標やねらい

②教材の内容や価値(教材感)

③子供の実態

④手立て(指導の方針)

・・・

という順番で書くようにしている

これらが一本筋が通る事が大切なのではないかと思う。

 

 

指導案を書くまで

 教員になれば時たまやらなくてはいけないこと

指導案の作成(研究授業をすることとセットになることが多い)

そして多くの教員は積極的にこれらのことをしたいと考えない(私だけか?)

嫌だけどやらなくては=面倒=適当でいいや

このサイクルになることが多いのでは?

 

しかし、指導案って書いてみると自分の頭が整理できたり、子どもにさせることが明確になったりと実はいいこともある。

指導案を書く際にやみくもに先輩の過去の指導案の例を使って適当に書いていると嫌だなあサイクルからは脱却できないだろう

 

指導案を書く前に明らかにしておきたいことは

①何を教えるの?

②なんで教えるの?

③対象の子どもは?

④ギャップをどう埋める?

とりあえずこの辺だろうか

今回は①②あたりから攻めてみることにする

 

①何を教えるの?

 これは授業で取り扱う内容だったり活動だったりする

 保健体育だったら特定の種目だったり、理科だったら物理や化学などの内容だったりするだろう。多くの場合教科書にある内容、活動がほとんどだ

(まれに教科書にはなく、研究授業用の内容を扱う場合もあるだろうがその時は年間指導計画にしっかり位置付けられてないと本来はまずいはず)

 

 基本的には学習指導要領にのっとったものであるのでここでそれほど悩むことはないだろう。(内容や活動のどこを研究授業などで見せるかとなるとこれが悩みどころ、練習問題をひたすら解いているところを研究授業で見せるわけにもいかないので・・・)

 

②なんで教えるの?

 教科書にあるからに決まってんじゃん

 正直それでは物足りなさが残る。もちろん学習指導要領にあるし、教科書にあるから教える必要があるのだが、ではそれをなんで子どもに教える必要があるか。身につけさせる必要があるのかを指導者が自分の言葉で語ることができるようにしておくと説得力が増す。(結構これ重要・・・私も気が弱いので研究授業で突っ込まれてしどろもどろということが度々あったが、ここをブレずにもっていると突っ込まれても動じないはず。)

 目先の指導方法などに目が行きがちだが、この土台をしっかりした上で授業を作っていくと研究授業で(なんでこんな授業にしたの?)などという不毛なツッコミを受けずに済む。突っ込まれることが(この方法は子どもに教えるのに効果的だったか、子どものここを活かせばより良くなったのでは)などという次につながる議論ができるようになる(はず)

 

 研究授業大好きな人は置いておいて、研究授業があまり好きではない人、指導案を書くのが面倒な人こそ土台をしっかりすべし。どうせやらなくてはいけないのだから少しでも得られるものがあるような授業、指導案にすべし。

 気づいたら加筆等あるかもしれませんがとりあえず

 

自分を振り返ってみる

もともと教員だった私

教員時代が全面的によかったわけでもないが1年や卒業まで子どもをみる事でいろいろな感動があったり子どもに教えられたりと起伏のある毎日を送っていた

今は起伏ということはほとんどない

デスクワークが多く、子どもと接することがなくなっている

そんな自分がブログで発信するという意味を少し考えてみた

世の40代の教員と比べて発信する価値のあることはあるのかということから考えてみる

おそらく多くの40代教員よりできること

・指導案・・・一時期書かなくてはいけない状況に追い込まれ、30代のほとんどは授業の研究に費やすことに、おかげで指導案を書いたり、研究や研修は人並み以上に積んでいると思われる

・学活・・・世の中は道徳でいっぱいだが、私は学活をよくやっていた。面白さと難しさを実感している。

・部活・・・これはとんでもない人たちがいるのであまり語れないが、人並み以上には指導できると思う

 

逆に教員として平均以下と思われることは・・・

・ガンガン引っ張る力・・・よくテレビでやっている縄跳びとか○○人△△脚とかに出る教員のように子どもをあそこまで引っ張るバイタリティーとリーダーシップは私にはない

 

ということから得意分野については少しは発信する価値があると思うし、教員が見るのなら意味があると思う。毎日と言いたいが、まあ難しいのでちょいとずつでも発信していければと思う。

 

指導主事と充て指導主事

教育委員会の人と教員が聞いて思い浮かべるのが指導主事という立場の人だろう

学校を訪問し、授業をみて教員を指導することがあり、直接教員と関わる場面が多いのが指導主事

(実際はそれ以外の指導主事もいるのだが)

その指導主事の中にも充て指導主事という人がいる

べつに仕事内容が変わるわけではなく、籍が違うということだ

充て指導主事の人は籍は学校にある

他の指導主事は市町村だったり都道府県にあり、行政職員である

なんでなのかはよくわからないが

分かりやすいのは給料

充指導指導主事は学校に籍があるため教員調整手当が出る

指導主事は教員ではないため教員調整手当が出ない

そのかわりいわゆる残業手当が出る

どっちがいいかは・・・

どうなんだろうなあ

 

教育委員会の中身

教育委員会

名前は聞いたことがあるが具体的な全体像は分かりにくいものかと思う

私も中に入ってみて初めて知ったことが多々あった

まずは組織

教員をしていた頃は教育委員会=指導主事であった

授業や教科の指導をする人の集まり

授業力に自信のある人や年配の方からしたら怖くもなんともないわけですね

 

しかし、他にも市町村役所の行政職の方もいて学校の事務や施設整備に関わっていたり

する方々もいます

これらの方は一般の教員の方とは普段関わらないため縁の下の力持ち的存在になりますな

 

 

教育委員会勤務5カ月経過

気がつけば早いもので5カ月経過していた

これまでの教育委員会の印象は指導主事という方が授業を見に来るというイメージだったが

だいぶ表面的だったということに気づいた

教育委員会といってもいろいろな人がいる

おいおい書いていければと思うが

いかんせん結構忙しい

 

研修会に参加

先日在外教育施設に関する研修会に参加する機会があった。

在外教育施設での経験や受験について当事者から貴重話を得ることができた。

私の県では文科省の受験資格以外にもいろいろ決まりがあるらしく

私自身はそこはクリアしている

あとは小学校経験がないのはマイナスだろうが免許は所持している

そこをどう判断されるかということだろう

在外教育施設は小学校免許の方が重宝されるとも聞いている

もし採用になった場合小学校の担当になる可能性が高い

それもまた経験

いろいろなことをプラスに考えていこう

 

それにしても貴重な時間を使って研修をしてくれた方々に感謝